東京日仏学院で開催されたゲームカルチャーの祭典「The Tenth Mosaic」の2日目(2026年9月22日)に,「ペルソナ3」「ペルソナ4」「ペルソナ5」のコアメンバー3名による座談会が行われた。
登壇したのは,3タイトルのディレクターを務めた橋野 桂氏,キャラクターデザインを手がけた副島成記氏,音楽を担当した目黒将司氏の3人だ。 現在の「ペルソナ」シリーズにつながるスタイルを形作った3作品は,どのように生まれ,何を変えながら進化していったのか。制作当時の記憶をたどっていった。
※4Gamerの「The Tenth Mosaic」関連記事はこちら
最初のテーマは,2006年に発売された「ペルソナ3」。橋野氏が明かした当時の状況は,かなり切迫したものだった。
4Gamerが過去に掲載した橋野氏のインタビューでも語られているが,当時のアトラスはコアな人気はありながらも,一方でユーザー層を広げられずに苦戦していた(関連記事1 / 2)。 この状況が続けば,今後ゲームを出せなくなるかもしれない。そういうなかで会社側から「ラスト1本になるかもしれない」と託されたのが,リリースがしばらく止まっていた「ペルソナ」シリーズだった。
これからの時代に,ゲームとしてだけではなくアトラスのIPとしてどう「ペルソナ」を発展させていくか。まさに背水の陣から,新しいシリーズ像を作ることになった。
「ペルソナ3」のテーマとして選ばれたのは「死と再生」。人が生きられる時間には限りがあるなかで,「その時間をどう使うのか」「何を生きがいにするのか」という問いだ。 橋野氏は,こうしたテーマはその時代だけのものではなく,ずっと人間が抱えてきたものなのではないかと考えたという。
一方で,見た目まで重苦しくするつもりはなかった。 キャラクターデザインなどを任された副島氏は,従来のアトラス作品をそのまま踏襲するのではなく,プレイヤーに「自分でいいものを選んでいる」という感覚を与えるような,別のアプローチで表現できないかと考えた。
そこで強化されたのが,タイポグラフィやUIを含めたグラフィカルなデザインだ。ゲームだからこう見えるのではなく,ファッションや広告,Webなど,日常で触れる「格好いいデザイン」と並べても魅力的に見えるものを目指したという。
目黒氏も,これまでのゲーム音楽とは異なる方向を模索し,「フューチャーポップ」をコンセプトに曲を制作した。 ここでいうフューチャーポップは,シンセポップやエレクトロなどを指す既存のジャンル名としてではなく,あくまで目黒氏の中にあったイメージを言葉にしたものだ。P3の世界で流れていそうな,新しいポップミュージックを作る感覚だったという。
現在ではシリーズを象徴する要素のひとつとなった,カレンダーによるゲーム進行についても語られた。 橋野氏によれば,最初から「RPGをこう変えよう」という理論があったわけではない。重要だったのは,「ペルソナ」をジュブナイルとして作ることだった。
親や上の世代から教わった価値観をそのまま信じていた少年少女が,やがて自分の人生を自分の判断で歩かなければならなくなる。そのときに生じる葛藤を,ゲームの中でどう体験させるのか。 高校生活にも人生にも限りがある。それなら1日1日に予定を入れながら時間を過ごす形にすればいい。そんなところから,カレンダーシステムは形になったそうだ。
なお,カレンダーの仕組みに手ごたえを感じたのは,開発途中の通しプレイで夏休みまで到達したときだった。学校からではなく,家で「今日は何をしよう」「特に予定がないな」というところから始まる夏休みの独特の感覚。それがゲームの中に生まれていると感じたとき,「これはありかもしれない」と思えたそうだ。
「ペルソナ3」は口コミで評価が広がり,会社としても利益を出すことができた。 その熱が残っているうちに次を作ろうと,2008年には早くも「ペルソナ4」が発売される。当時の感覚でも,短い間隔でのリリースだった。
橋野氏は,「ペルソナ3」で「限られた時間をどう生きるか」を描いたあと,その次に必要になるものを考えたという。 充実して生きようとしても,世の中には大量の情報がある。その中で何を信じ,何が嘘なのかを見抜けなければならない。そこから,「真実」を巡るテーマが形になっていった。
大きなモチーフになったのが,金田一耕助シリーズだ。 閉じた地方社会で事件が起こり,外からやってきた異邦人がその土地の人間関係や因習をかき回し,事件を解決して去っていく。橋野氏はこの物語の構造が好きで,P4にそれを取り入れたという。
副島氏は,橋野氏から金田一耕助ものや殺人事件などの資料を渡され,「これは相当暗い作品になる」と感じたという。だからこそ,ビジュアル面では暗さとのバランスを意識した。 また,都会的だったP3に対して,P4では田舎を舞台にする。ジャージなど,地方の高校生らしさを感じられるアイコンをどう取り込むかも考えたという。
目黒氏の音楽は,P3のフューチャーポップからポップロックへ。P3からわずか2年での制作だったため,長期間コンセプトを練る余裕もなく,世界観を見て「ポップなロックが似合いそうだ」と,比較的ストレートに方向を決めたそうだ。
P4からP5までは,一転して8年という長い時間が空いた。
心を盗む怪盗たちを描くP5だが,最初から現在の形だったわけではない。 このあたりは,過去の4Gamerのインタビューでも詳しく語られている。高校を舞台とすること自体をやめ,10代の若者がバックパックを背負って世界を旅するような企画が進んでいた時期もあった(関連記事)。 そこから,どのように「心を盗む怪盗」というテーマへ向かっていったのか。
当時は,会社を取り巻く環境も落ち着かない時期だった。親会社をめぐる状況なども変化し,橋野氏自身の気持ちも安定していなかったと振り返る。
そうした心境もあってか,副島氏とは「鼻をあかすゲームにしましょう」と話していたという。 といっても,具体的な対象があってという話ではない。誰かに決められたものに従うのではなく,自分たちの側からひっくり返してやろうという感情だ。そしてそれは,P5の根底に流れるものになっていく。
また,ゲームとして面白いチャレンジになるかもしれないと考えた点もあった。 怪盗モノでは,物語の最後になって怪盗の行動が種明かしされる展開がよくある。しかし通常,その仕掛けを明かす怪盗は,物語を見る側からすれば第三者だ。
P5では,その怪盗本人をプレイヤーが操作する。 自分で動かしている主人公が,プレイヤーにも伏せて何かを企んでいる構造をどう成立させるのか。シナリオを作るのは難しくなるが,うまくできれば面白いはず。それも怪盗に挑戦した理由だったという。
そして橋野氏は,P5で描いた「大人への反抗」についても,単純に「大人は悪い」という話ではないと説明した。 重要なのは「自立」を描くこと。親や上の世代から教えられた生き方をそのまま選ぶのではなく,自分の両足で立ち,自分の目で世界を見る。そして長所や弱さも含めて「この世界で自分はどう生きていくのか」を決める。それが,少年少女が大人になるひとつのステップだ。
そうしたときに邪魔になる,誰かに決められた価値観や「こう生きるべきだ」という支配を,どう打ち破るのか。P5では,鴨志田をはじめとする大人たちとの対立を通じて,「誰かに支配された世界を,自分たちが選んだ世界へ変えていく」ことにこだわったと橋野氏は語った。
音楽やサウンド面では,初期のJamiroquaiに代表されるアシッドジャズを基調としたサウンドが作品を強く印象付けている。しかし目黒氏によれば,この方向性にはすぐたどり着いたわけではなかった。 P5が本格的に動き出すまでには時間があった。目黒氏はその間,今回はどんな音楽にするのかを2年ほど考えていたという。 オーソドックスに考えれば,「ルパン三世」のようなブラスセクションを前面に出したビッグバンド系の音楽も考えられる。最後まで何も浮かばなければ,その方向で行こうかとも思っていたそうだ。
アシッドジャズは1980年代に生まれ1990年代初頭に流行した音楽だが,P5を遊ぶ若い世代の多くにとっては,すでにリアルタイムでは知らないサウンドになっている。 ならば,むしろ「聴いたことがないけれど,なんだか格好いい」と感じてもらえるのではないか。そして怪盗団はあくまで高校生。彼らが怪盗として振る舞うとき,少し背伸びをして,格好つけているはず。アシッドジャズの持つ洒落た雰囲気は,そんな彼らの姿にも合うと考えたという。
2016年9月にリリースされたP5によって,「ペルソナ」シリーズの海外での広がりも大きく加速した。 橋野氏は,P5リリース後にスタジオ・ゼロを立ち上げ,「メタファー:リファンタジオ」の開発へ進んでいたこともあり,その広がりを当事者として実感するというより,その広がりを眺めているような感覚だったという。
副島氏にとっては,その変化はもう少し直接的だった。 IPとして大きくなれば,ゲーム発売後もさまざまな展開に伴ってキャラクターを描き続けたり,アートを監修したりする機会がある。 それまでは,ほぼ日本国内の人に向かって描いているような感覚だった。しかしP5以降,海外のファンが大きく増えたことで,「いったいどんな人たちが遊んでくれているのか」を,それまで以上に意識するようになったそうだ。
3つの作品を振り返ったあと,3人にはあらためて「ペルソナらしさとは何か」という問いが投げかけられた。 橋野氏は,そもそも「ペルソナらしさ」をあまり考えたことがないと前置きしつつ,自身が作品の内側に感じているものとして「カオス」という言葉を挙げた。
理由は,ジュブナイルを描くうえで,あまり要素を取捨選択していないからだ。 大人になれば整理できることも,若いころにはさまざまな感情や出来事が同時に押し寄せてくる。失敗もすれば,間違いも勘違いもする。 だからこそ,何かひとつの方向にきれいに洗練されているよりも,いろいろなものがごちゃごちゃと混在しているほうがいい。それ自体が「ペルソナ」らしいのではないかと語った。
副島氏は,「その時代に合わせて変わっていくこと」も,ペルソナらしさなのではないかと話した。 シリーズには時代性に左右されない部分がある一方で,物語や舞台は作品ごとに異なる。そうして各時代に作られた作品が積み重なり,結果として「ペルソナらしさ」が形作られていく。 「らしさ」を強く意識しすぎれば,過去作のコピーになってしまう。「毎回違う」くらいがいい。その時代に楽しめるものを作ることが大切なのではないかという考えだ。
目黒氏は,サウンドについて「ペルソナらしさ」を意識して作ることはないという。 橋野氏から提示される「今回はこういうゲーム」というコンセプトに乗る形で,その作品に合った音楽を考えてきた。 先に「ペルソナらしい音楽」を定めるのではなく,それぞれの作品に合った音楽を作り,その積み重ねが結果としてシリーズのサウンドを形作ってきた。そう考えると,この点は副島氏が語った「ペルソナらしさ」にも通じるものがありそうだ。
座談会の終盤には,橋野氏が現在考えているRPGのあり方にも話が及んだ。 コンテンツがあふれる時代に,プレイヤーから何十時間,場合によっては100時間近い時間を預かるRPGを作るとはどういうことなのか。 橋野氏はRPGを作るうえで,ナラティブやキャラクター,体験の良さを削るのではなく,それらを残したまま今の時代にどう届けるべきなのかを考えているという。
大切にしていることが,その体験が「一過性で終わらない」こと。何十時間という時間を使って「その時間だけ楽しかった」で終わるのであれば,同じ時間で映画やドラマなどさまざまなコンテンツを楽しんだほうが「楽しかった」の総量は多いかもしれない。
だからこそ,ひとつの長い物語を最後まで体験することには,それとは違う意味が必要になる。 ゲームを終えたあとにも記憶に残り,その先に待っている現実を生きていくとき,何かしら背中を押してくれる。そんな体験を作ることが,以前から目指してきたRPGのあり方なのだという。 そして,それを今の自分たちが十分に実現できているとは思っていないからこそ,これからさらに突き詰めていきたいとした。
死と再生,真実,怪盗。それぞれ異なるテーマを掲げ,ビジュアルも音楽も大きく変えてきたP3,P4,P5。シリーズとして決まった形を守り続けるのではなく,その時代の若者や社会と向き合いながら,「今回はどんなゲームにするのか」を毎回考え直していく。 3人の言葉から浮かび上がったのは,そうして変化を重ねながら形作られてきた「ペルソナ」の姿だった。
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